野田市教育委員会は暴力に屈し虐待を手助けし児相と学校も加担した!

言語道断で前代未聞の事件が起きてしまいました。
10歳の女の子が父親からの虐待を訴えていたのに、野田市教育委員会はその父親に女の子の悲痛な訴えの資料を渡してしまうとは!

普段から鬼畜のような行動を取る父親にとっては、その資料は虐待を加速させる格好の材料となったはずです。
野田市教育委員会はなぜ10歳の女の子の虐待死に手を貸してしまったのでしょうか?

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野田市教育委員会が10歳の女の子のいじめアンケート回答を父親に渡した!

通常、いじめアンケートは同級生などからの「いじめ」の芽を見抜く方法とされています。
しかし、女の子はおそらくやむにやまれぬ思いで、父親からの虐待(暴力)を訴えています。

もちろん、物理的に抗うことは不可能で、女の子には大人の助けが必要でした。
必死の思いのアンケート回答に女の子は一縷の望みを託したはずです。
学校の先生に訴えたら何とかしてくれる、大人が助けてくれると。

でも、野田市教育委員会は、女の子の悲痛な叫びを聞き取ろうとせずに、「父親から暴力を受けています。どうにかなりませんか。」と書かれた、そのアンケート回答を父親に渡してしまい、その結果10歳の女の子の虐待死を手助けしました。

野田市教育委員会が回答を安易に渡した「本人の同意」とは?

とても気になる点が「本人の同意」があったから、アンケート回答を渡したとするところです。

当初、野田市教育委員会は「本人の同意」がないなどとして、アンケート回答の交付を拒否していたそうですが、父親と母親が、女の子の直筆の同意書を持ってきたことにより、アンケートを渡してしまいます。

41歳の父親と10歳の女の子です。強要されれば、父親の言う通りに書くはずです。そこには暴力による強要もあったと推測されます。

そもそも、この父親にも親権があり、女の子の法定代理人となります。
しかし、問題なのはこの場合、「法定代理人としての父親の立場」と「アンケート回答を渡すよう要求する父親の立場」は、10歳の女の子から見たときに、利益が相反しているんです。

さらに10歳の未成年者は「制限行為能力者」です。法律上、その意思能力が不完全なものと規定されています。
ただ、これらの理屈は、法律行為(取引行為)をするときに適用される考え方で、今回の「同意書」には直接あてはまりません。

しかし、これらの法理や父親と10歳の女の子という立場、などを考えた場合、10歳の女の子が家庭内で書いた同意書を一つの根拠として、アンケート回答を渡してしまうというのは何と陳腐な方法を取ったものか?
なぜ法律の専門家に相談するなどして、もっと熟慮しなかったのか?
10歳の女の子の危機的状況を推察して、ほかに児相などと協力する体制を取らなかったのか?

やはり少なくとも、児童虐待防止法などを盾にして、アンケート回答を渡すことは断固拒否すべきだったのです。
結果として、父親の虐待を助長したであろうことは容易に推測されます。
つまり、野田市教育委員会は、10歳の女の子の虐待死に、父親とともに加担したと言えます。

野田市教育委員会がアンケート回答を渡したのは、恫喝され脅されたから!?

記者会見で「担当者が、大きな声で恫喝され、威圧的な態度に恐怖を感じ、強い要求に屈してしまった」などと、担当課長が説明しましたが、唖然としました。

これって『僕は本当に恐かったんだよ。怖かったから相手の言いなりになりました。』と言っているのと等しいです。
要求をのんだのは、野田市教育委員会です。街中での恐喝行為ではないんです。要求をのんだのは、野田市教育委員会の執務室での出来事です。

おそらくですが、担当課長は父親との直接対応はしていないと思われます。
公務員にありがちな、部下にすべてを押し付けて、責任ある者は安全地帯に逃げ込んでしまうやり方です。
担当者の部下が困難当事者の対応で苦慮していても、報告を受けたり書面で提出させたりして、指示は一応与えるものの第一義的な責任を部下に押し付ける手法です。

もちろん、この担当者がどうにかしています。
切実に上司に相談したのでしょうか?
事の重大さはわかっていたはずです。
野田市教育委員会として毅然とした対応ができるように真摯に上司に報告したのでしょうか?

刑法上の罪だけでも、強要罪、脅迫罪、不退去罪などが考えられます。
そもそも、野田市教育委員会は機能していたのでしょうか?
暴力的な親が来たときの対応として、教育委員会一丸となっていたのでしょうか?
しかも今回は、親が暴力的に無理難題を言うだけでなく、10歳の女の子の虐待という問題が前提にあります。

私も公務員ですが、20年近く前、反社会的勢力の方に4時間ほど無理難題を言われ、恫喝されたことがあります。
私の上司は3時間を過ぎたころ、やっと恐る恐る姿を現しました。
いちばん恐怖を覚えたのが『誰でも被害者になんねんぞ!』という言葉でした。
ジッと目を見据えて言われました。
その反社会的勢力の方の無理難題は何とか収まりました。
しかし、その後しばらくは帰宅するときに誰か付けてきていないかとか、家の周りに燃えやすいものを置かない、など結構な恐怖がありました。

暴力に屈したらダメなんです。
特に、10歳の女の子の虐待問題に切実にかかわっている事柄でした。

つまり、野田市教育委員会は一丸となって、10歳の女の子の虐待死に加担したと断言できます。けっして父親と応対した担当者だけの問題で済まされません。
野田市教育委員会が10歳の女の子の死に半ば直接的に手を貸したも同然です。

なぜ柏児相は12月27日に一時保護を解除したのか?

一時保護解除の理由は明らかにされていませんが、12月27日というのが引っかかります。
正月間近で、一時保護施設の収容力や人員配置の問題があるのかもしれません。

常々思っています。児相には警察権限も必要ではないかと。
たしかに児相は保護をするだけの施設ではありません。
ただ、虐待が疑われるときは、親に対する強制力を保証しなければ、虐待の解決には程遠いと考えます。

現在の法律でも対処は可能なはずですが、児相はいつも「慎重な判断で、間違いなかった」
と、言い逃ればかりしています。
野田市教育委員会の怖がり担当者と同じになっています。
暴力的な親は恐怖ですし、できれば関わりたくないというのが本音でしょう。

ですので、虐待に特化して、児相に強力な警察権限を付与すべきではないでしょうか。
虐待問題については、警察署の一部組織を作るべきところまで来ているのではないでしょうか?

10歳の女の子の小学校は適切な措置を取っていたのか?

そもそも、10歳の女の子が助けを求めたのが、小学校で行われたいじめアンケートです。
そのアンケートの結果で、すぐに一時保護が開始されました。

つまり、10歳の女の子がかなり深刻な状況に置かれていることは小学校で把握できていました。その後、小学校として継続的に10歳の女の子をフォローしていたのでしょうか?

家庭訪問をするなりして状況確認をしたのでしょうか。
児相と連携していたのでしょうか?

何もかもがバラバラな状況下で、女の子は一人絶望に打ちひしがれていたはずです。

さいごに

野田市教育委員会、柏児相、小学校、この3者は10歳の女の子の虐待死に、直接間接に加担しています。
法律の専門家なりを入れての協議で、真摯にこの虐待問題に向き合えば、女の子の死は免れたと思えてなりません。

親から離す措置がずっと継続していたかもしれません。
なぜ、死に直結しかねない虐待問題に真摯に向き合わなかったのか?

・野田市教育委員会の再編
・野田市教育委員会の全員の懲戒免職を含めた処分(命をないがしろにしたため)
・柏児相の処置の妥当性
・小学校のフォロー体制の検証

これらを強く求めますが、10歳の女の子はもう戻ってきません。
絶望の日々を過ごしていたことを考えると、とても息苦しくなります。
もうこれ以上、虐待事件を風化させてはいけないと考えます。

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