戒名は高いしお布施も基準がよくわからないし葬式のあり方って何?

家族が旅立った時、悲しみに打ちひしがれている間もなく、葬儀を執り行うのが残された者の務めとされています。
本当につらいですよね。できれば故人を想い、2,3日は何もしたくないというのが本音でした。

でも、葬儀準備でバタバタするので、絶望のような悲しみから逃れられるというのも確かなんです。そこで現実に目を向けると、葬儀社に支払う葬儀費用は過大にならないように調整するとして、僧侶に支払うお布施や戒名料はかなり不透明だと思いませんか?

僧侶にお布施の金額を聞いても、「お気持ちでけっこうです」と言われたこともあります。
そのときは粘って聞いて、やっと○○万円との金額を聞き出しました。
私の菩提寺では、お布施の中に戒名料も含まれていましたが、戒名こそがお布施の金額を不透明にさせる根源です。

戒名に高額の出費をしたら、故人はあの世で特別待遇されるのかな?なんて思ってしまいますよね。

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値段が高い戒名には「院」が付いている!

一般的な「信士・信女」といった戒名であれば5万円ほどですが、高位となる「院居士・院大姉」などの戒名は40万円以上になることもあります。

戒名は本来、亡くなってから授かるものでなく、生きている間に思い立って仏門に入ったとき授かる名のことで、法名や僧名とも言われます。
でも、私たちの通常の理解としては、戒名は死後、寺院の僧侶によって授かる名前で、故人の生前の職業や性格、人柄によって命名されると思っていますよね。

戒名に使われる漢字によって、その値段が大きく異なるなんて、何と理不尽なことでしょう。
何も知らない遺族に法外な料金を提示したり、格式の高い戒名にしないとあの世で不幸になると言って騙したりする悪徳な寺院や葬儀業者がいるのは確かです。悲しみにくれる遺族の気持ちを踏みにじり、徳のある寺院や葬儀業者の品位まで貶める行為は少なからず横行しています。

そもそも戒名は付けないといけないの?

戒名はつけなくても問題はありません。

再確認ですが・・
戒名は、戒律を守り、修行に精進することを誓った証として仏様から授かる名前です。
身分や経歴などに関係なく授かることができます。
仏教の教えでは、人は亡くなったあと、仏様のもとへ旅立ちます。
ですが、仏様のいる世界(極楽)へは、この世の名前(俗名)では行けないとされています。
戒名を授かることは、仏門に入ることです。
戒名を授かることで、「この世での執着は全て断ち切り、修行に精進します」という意味が生まれます。
故人が仏教徒だった場合は、当然に戒名を付ける必要がありますね。
でも、先祖代々お寺に葬儀を依頼していた…という理由だけで戒名をもらう必然性はありません。

ここは故人の意思が生前に明確であれば問題は少ないかもしれません。
でも、親族との軋轢が生じる場面でもあります。
故人が仏教の儀式に従うことを生前に明確に拒否していても、親族が「対面や面子」の部分で強力な抵抗を示すことが予想されます。
※私事ですが、前妻が30代で他界した時の経験や考え方をさいごにまとめておきました。

しかし、戒名をつけないことを選択する場合はお葬式などの宗教的な儀式を行わないということが前提となります。

そのような場合は、お経の代わりに故人が好きだった曲を流しながら司会者が葬儀の進行を行うという「無宗教葬儀」もあります。
宗教にとらわれることなく葬儀を執り行いたいと考える方に利用されるお葬式の方法です。

戒名を付けない場合の問題としては、入るお墓がある場合、戒名なしではそのお墓に入れてもらえないという可能性があります。
死後に入る予定のお墓がある方はそのような可能性が考えられるので、あらかじめ住職に相談する必要があるでしょう。

生前に自分で戒名を付けることはできる?

戒名は必ずしも住職につけてもらわなくてはならないとする決まりはありません。
戒名は自分で作っても問題ないんですよ。

でも、あらかじめ決まったお寺の納骨堂やお墓に入る場合は勝手に作るのは現実的ではありません。菩提寺がある場合や、檀家になっているときは、戒名を自分で決めるなんてほぼ無理です。

お寺のお墓や納骨堂ではなく、公共の霊園や民営の墓地などに入ろうと考えているときに、戒名が欲しい方は自分で考えて作ってみるのも良いでしょうね。

戒名がいらないと考える方でも、お付き合いしているお寺があり、そのお寺のお墓に入る場合には戒名がないと入れてもらえない可能性もあるので、あらかじめ相談するのが良いでしょう。

一度つけた戒名は、チェンジをお願いできる?

できるんですよ。でも、かなり困難ですが。

チェンジする具体的な場合とは・・・
・葬儀社に紹介されたお寺でなじみのない僧侶につけてもらった
・僧侶との相性が良くなくて話しにくかった
・単純に戒名に気に入らない

よくあるのは以前から知っている馴染みのお寺に戒名を再びもらいに行くということなんです。浄土真宗以外では戒名の変更は可能とされています。

浄土真宗では本山に申請となるので、できなくはないですが手間は他の宗派よりもかなりかかると思います。
僧侶に話しても難色を示す方は多いかもしれません。

故人の宗派と違ったお寺の方に読経をしてもらって戒名まで受けてしまったということもたまに起こり得ます。この場合も戒名を変更することもできます。

お布施はまた必要となりますが、すでに受けた戒名の一文字を残すような戒名に変更することになるようです。

自分で考えた戒名でもOK?

大丈夫なんです。
でも…戒名は自分で作れますが、菩提寺があるのでしたら相当難しいでしょう。

菩提寺と檀家の関係なら難しいですよ。
菩提寺は、自分のところで葬儀をし自分のところで戒名をつけなければ通常納骨を拒否します。
例外として戒名代金を含む布施を支払い、特別の事情がある場合だけでしょう。 自作はまず認められないでしょう。

霊園の場合でしたら、通常は宗派を問いませんので、葬儀を執り行う僧侶によっては自作も認められるかもしれません。

家族と同じ戒名にできる?

同姓同名があるように、同じ戒名があって不思議でなく、同じ戒名があるから問題があるわけでもありません。

さいごに

前妻は37歳の時に胃がんのために他界しました。
8歳の長女と3歳の長男を残して。

私は新潟から関西の大学に進み、当時は奈良で働いていました。
もちろん、菩提寺は新潟県にありました。
しかし、新潟の菩提寺に葬儀を頼むわけにはいきません。

そこで、当時まだ元気だった父親に宗派を聞き、葬儀屋にお寺の手配を頼みました。
戒名の問題なんて全然知りませんでしたし、当然に仏教形式で葬儀をするものと信じて疑いませんでした。
仏教なんて全く信仰してなかったのに…

葬儀屋が言うままに僧侶にお布施を渡しました。
とにかく、滞りなく葬儀を済ませることが先決だったからです。

若いと、自分では何にもわかりませんし、判断もできません。
仏教徒ではない私でも、仏教形式の葬儀をすることが当然と思っていました。

その後、10年ほどを経たときに、霊園に墓を購入し、妻の本骨や胴骨を入れることができました。

私のように、故郷を遠く離れて、その離れた地を終の棲家とする者にとっては、葬儀関連の問題は切実です。最近では、自分の終活も見据えています。まだまだ先のことと思いたいですが。

再婚した現在の妻が、某宗教の信徒であり、そこのしきたりで十分かなと思っています。
一貫性がないようですが、死後の後始末なんて、身近な遺族の意向で十分です。
もちろん、故人の意思がはっきりしていれば、もっと良いんですが。

華美にわたるしきたりなんて必要ないと思っています。
配偶者や子供に悲しんでもらえれば、それでいいと思っています。

もちろん、戒名などの仏教のしきたりを否定する気は毛頭ありません。
でも、仏教の根源は仏様の前ではみんなが平等という思想ではないのかなと思います。
であれば、漢字一文字が違うだけで、べらぼうに金額が異なる戒名なんて、本当に再考すべきだと考えます。

漢字一文字で、普通のサラリーマンの数か月分の給料が消えることにもなるんです。
沢山調べて、自分の立場や意思を今から明確に整えるべきだと常に考えています。

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